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リョウクの部屋に侵入した形跡を残し、ドンへからもらったペンダントを落としてきた。

そうすれば他にも間者がいることを悟らせることが出来る。

何よりドンへだけは、それがヒョクチェであることも気づくことが出来る。

ドンへが自分に疑いの目を向ければ、危険を察して離れてくれるとヒョクチェは期待した。






なのに、それでもドンへが小屋に来て、懇願するような瞳で愛してると言ったあの瞬間、ヒョクチェは事を急がなければならないと思った。


そして、その夜がドンへといられる最期の夜だと悟った。



今だけは何もかもを忘れて、ただ一心にドンへを愛そう、そう決めて、ヒョクチェはドンへを抱いた。


次に生まれ変わっても、ちゃんとドンへを見つけられるように。

ドンへの全てを忘れないように。


次の人生こそは、幸せに寄り添いあって生きたいと願いながら。







朝、小屋を出て行ったドンへを見送ってドアを閉めた後、ヒョクチェは泣いた。


ついさっきまであった温もりの残るベッドに顔を埋めて、声を殺して泣いた。


そこに微かに残るドンへの香りに、初めて声にして『愛してる』と告げた。







その日から、1日の終わりと始まりに、ヒョクチェは『愛してる』と口にした。

閉じた瞼の裏にいる、笑顔のドンへに。

捕らえられたあの日も。

地下牢に繋がれた今も、変わらない日課だ。





自分がどうなるのかは、ヒョクチェにはわからない。

処刑されるか、あるいは何処かに流されるか。


その前にもう一度、ドンへに一目会いたいが、きっとそれは叶わないだろう。

だからヒョクチェは目を閉じて、瞼の裏のドンへと過ごすのだ。

あの、花が咲くような笑顔のドンへと。

それは、ヒョクチェにとってとても幸せな時間だった。











「ヒョク」



その声に、ヒョクチェは恋しさのあまり遂に幻聴までするようになったのかと思った。



「ヒョク」



2度目の声がはっきりと聞こえ、ヒョクチェは目を開けた。


声のした方に目を向ける。


鉄格子の向こうに、瞳にいっぱいの涙を浮かべた、愛しい人の姿があった。




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2019.07.30 Tue l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



高い天井近くの窓から差し込む僅かな光の筋を、ヒョクチェは見つめていた。

暗く冷たい王宮の地下牢に注ぐその光を、ドンへのようだと思った。


ヒョクチェの人生に差し込んだ、唯一の光。





決して愛してはいけないとわかっていた。

だが、そんなことを考え始めた時には既に遅い。

運命だと思ったのは、ドンへだけではなかったのだ。




自分を取り巻く何もかもを捨てて、ただ目の前のドンへだけを愛せたらどんなに幸せだろうと何度も思った。

しかし、捨てるわけにはいかなかった。

ヒョクチェが守らなければ妹たちに未来は無いも同然で、他に手段など無かった。




ヒョクチェは、愛しているという言葉だけは、決してドンへに言うことはなかった。

その言葉を言ってしまったら、自分はきっとドンへだけを求めて本当に何もかもを捨ててしまう。

いつかヒョクチェはドンへを裏切らなくてはならないのに。

ドンへを腕に抱きながら、ヒョクチェはいつも愛していると言いたい自分と闘っていた。









ヒョクチェには親が無かった。

物心ついた頃には既に妹と2人きりで、アスールの王都のはずれにある教会にいた。

その教会は、ジョーヌ派のアスール将校が面倒を見ているところだった。

年頃になると男は兵士やその将校の間者として動くよう育てられ、女は貢ぎ物のようにジョーヌやジョーヌ派の者たちのところへ送られた。



ヒョクチェも例外ではなかった。

身のこなしの軽いヒョクチェは、ある日から王宮に出入りする庭師の元に弟子に出された。

いずれはヒョクチェ自身が王宮に出入りし、間者となるためであった。



アスール国王イトゥクが失墜し、アスールがジョーヌと手を組めば、妹や妹のような小さな子供たちが貢ぎ物になる必要はなくなると教えられていた。

妹たちを守りたい一心で、ヒョクチェは間者になったのだ。







ジョーヌの間者が捕らえられたとドンへから聞いた時、自分にもその時が近づいていることを実感した。

いつも抱きあった後、微睡みの中でドンへがする兄や弟の話は、ヒョクチェが妹たちを思うのと同じ深い愛情に満ちていた。

自分のしようとしていることは、本当に正しいのだろうかと迷いが生じていた。




捕らえられれば命は無い。


また逃げることが出来たとしても、恐らく口封じをされるだろう。


与えられた役割を果たしたとしても、妹たちの未来は恐らく変わらないこともまた、その頃のヒョクチェは悟っていた。








ドンへの誕生日の祝いが行われたあの翌朝、振り返って見上げたバルコニーのドンへの笑顔に、ヒョクチェは覚悟を決めた。


考えて、考えて、これしかないと思った。


ドンへを、ドンへの大事な者たちを、ヒョクチェの大事な者たちを、共に守るためには。




全てを失うのは、自分ひとりでいい。












おかげさまで、もうすぐ累計拍手数が4000になりそうです。

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2019.07.29 Mon l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



「証言、って……組織を裏切ってってこと?」

「そう、なりますね」

「ヒョンのことも?」

「いえ……ドンヘ様のお名前は出ていなかったようです」




ジョンウンはドンへの部屋に戻り、イトゥクから聞いた話を2人にも話した。

リョウクの言う通り、ヒョクチェの行動は確かに普通では考えられない。


「……それで、どうなるの?」

「指示した者を始め、その仲間も捕らえられるかと思います。組織はほとんど一掃されるかと」

「……彼は?」


リョウクの声に、ドンへの肩が怯えるように震えた。


「それは……わかりません」




国王を暗殺しようとしたのだ。

証言をしたことを加味されたとしても、どこか遠くに流されるのは避けられないだろう。





「ひとまず、イトゥクヒョンが無事でよかった」

「はい。前日に密告文が届いて密かに警戒していたそうです」

「密告文? ……誰が?」

「不明です。内容は彼の証言と一致するもののようですが」

「……え……?」


ジョンウンの言葉に、ドンヘが小さく声を上げた。


「それって……どういうこと?」

「ヒョン……?」

「誰かが、ヒョクのことを知ってたってこと?」

「……そういうこと、ですね」

「誰が……?」




確かに……

捕らえられたその時まで、ヒョクチェを怪しんでいた者はドンヘ以外にいないはずだった。

しかもドンヘですら、その標的がイトゥクであるとは思いもしていなかったのだ。



だとしたら……考えられることは?



「組織の中に、他にも裏切った人がいるってこと…?」


リョウクの言うことも一理ある。


だが……可能性は、もう一つ。




「もしくは……自分で…?」




侵入の前日の密告文。

組織の全てを暴露する証言。

それにも関わらず出なかったドンヘの名前。




「……どういうこと……?」



混乱するドンヘを、リョウクがそっと抱きしめる。



「わざと……捕まった……?」



そうとしかもう、ジョンウンには思えなかった。

ヒョクチェの本当の目的は恐らく、イトゥクの暗殺ではなく……



「組織を……壊したかったのでは……?」




2019.07.28 Sun l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



リョウクは、ドンヘの部屋で過ごすことが多くなった。


ヒョクチェが捕らえられたあの夜以来、ドンへが部屋から出てくることはなく、誰かがついていなければ、食事もままならなかった。

その様子はまさに、かつてのリョウクのようだった。

ドンへがあの時寄り添ってくれたのと同じように、今は自分がそばにいなくてはとリョウクは思った。








「ヒョクチェという庭師、調べていたんだってね。気づかれていたみたいだよ」


ジョンウンはイトゥクに呼ばれていた。


「なぜ彼に目をつけた? 心当たりはないそうだけど」



恋人を信じたい一心のドンへに心を動かされ、ジョンウンは同じ剣の師範に師事していた男にヒョクチェを探るよう頼んでいた。

しかしそれが進展する間も無く、ヒョクチェは捕らえられた。



「……ドンへ様と面識があるようです。
リョウク様の部屋への侵入者の件で…具体的に何がというわけではないようですが、怪しく感じるとのことで……ひとまず探りを、と」

「なるほどね……まぁ、探られてる気配を感じて事を急いだらしいけど」

「……そうでしたか」

「それと、これ」


イトゥクはジョンウンに封筒を差し出した。


「侵入の前の日に届いた密告文だよ。狙いは僕で、ジョーヌと繋がりのある将校の指示だと書いてある。おかげでシウォンを部屋に潜ませておくことが出来たよ」

「一体誰が?」

「わからない。ただ、ヒョクチェという男の証言と、全て一致する」

「……証言を?」

「そう。おかしいだろ?」



間者が、捕らえられたからと言って自らの組織のことを証言するなど、まず考えられない。

……なら何故?



「とりあえず、あのヒョクチェという男、雇い主に従順な間者というわけではなさそうだ。もし調べたことで何かわかったことがあれば知らせてほしい」

「承知致しました」

「……面識があったのか……まぁドンへなら王宮内の誰と友人になってもおかしくないけど。落ち込みぶりはそういうことだったんだね。今日もリョウクがそばに?」

「はい」

「リョウクは……強くなったね」






攫われかけたあの事件以降、確かにリョウクは強くなったとジョンウンも感じる。


それ以前のリョウクが決して弱々しかったわけではないが、どこか自分のことに関しては冷めていて、無機質で投げやりなところがあった。


今のリョウクからは、そんな雰囲気は感じられない。


しっかりと自分を持ち、優しく大切なものを支える、芯の強さ。



これが本来のリョウクなのかもしれないと、ジョンウンは思った。




2019.07.26 Fri l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



夜になって雨が降り出し、ドンヘは条件反射のようにこっそりと部屋を抜け出した。





2日前。


1人で抱えるにはあまりに大きな苦しみを、ドンヘはリョウクとジョンウンに打ち明けた。

黙っていることも出来た。

だが、ドンヘは弟を愛する兄でもあるのだ。

自らの恋と、弟の安全を天秤にかけるなど、一瞬でも本来は考えるべきではない。



話を聞いた2人は、想定外のことにしばし言葉を失っていたが、やがてジョンウンが口を開いた。

ジョンウンと同じ剣の師範に付いていたものに、まずはヒョクチェを調べさせてみると言ってくれた。

そして、リョウクのそばには自分がいるから、とも。



調べの結果がわかるまでは何も変わらずに過ごすことを、ドンヘは2人に約束した。

だからこの夜も、いつもの雨の日のようにヒョクチェに会いに王宮を出たのだ。







ドンドンと叩いても、一向に小屋の扉が開く気配がなく、ドンヘは扉に手をかけた。

いつもはかかっているはずの鍵が、開いていた。


「ヒョク……?」


小屋に、ヒョクチェの姿はなかった。

雨の中、ヒョクチェがドンヘを待っていないことなど今まで1度もなかったのに。


「ヒョク!?」


小屋の周りも見渡したが、どこにもその姿は見当たらない。


「……どこ……?」


小屋の中で立ち尽くしたドンヘが、ふとベッドの脇の机の方に目を向けた。

そこに置かれていた物に、ドンヘは息を飲んだ。


クロスのペンダント。

これはドンヘだと、離さないでと言ったのに。





その時、笛の音がドンヘの耳に届いた。

緊急事態を知らせる合図の笛の音だ。

ドンヘはペンダントを握りしめ、王宮へと急いだ。

もしかしてと頭に浮かぶ悪夢が、現実となっていないことを必死に祈りながら。







「ドンヘ様! どちらへ?」


駆け寄った護衛の者はずぶ濡れのドンヘに驚いた。


「何があったの?! 笛が……」

「侵入者です」

「リョウクのところ?!」

「いえ…陛下のお部屋です」

「……え……?」

「応戦したシウォン様が少しお怪我をされましたが、陛下はご無事です。侵入した男も捕らえました」


思ってもみなかった展開に、ドンヘの理解が追いついていかない。


「ヒョン!」


リョウクがジョンウンと共に駆けてくる。


「リョウク……」

「ヒョン……」


リョウクが、ドンヘを優しく抱きしめてくる。


「ヒョン……落ちついて聞いてね。……侵入者が、イトゥクヒョンの部屋に」

「うん…」

「短剣を持ってて……イトゥクヒョンの命を狙ったって。シウォンが応戦して、捕まえたよ」

「…………」

「……ヒョクチェ…っていう人だった」






恐れていた悪夢より、現実はもっと残酷だった。

リョウクの部屋に侵入したのは物取りではないかとの見方も出ていたのに。

よりによって……国王である、イトゥクの命を?






ドンヘの慟哭が王宮に響いた。

ずぶ濡れのままリョウクに抱きしめられ、幼い子どものように声を上げて泣くしかなかった。

手には、クロスのペンダントを握りしめたままで。





ヒョクチェは、ペンダントを置いていった。


このペンダントは、ドンヘだ。


ヒョクチェは、ドンヘを置いていったのだ。




2019.07.25 Thu l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



もともと涙脆い兄ではあった。

だが、こんな風に子どものように泣きじゃくるのを見たのは初めてかもしれないと、リョウクは思った。



夜中に部屋を抜け出してまで会いに行っていたのは、恐らく恋人なのであろう。

そしてそれはきっと、リョウクにすら打ち明けられる相手ではないのだ。



だとしても、ここまで泣きじゃくるのは何故なのだろう。

王子としての立場は自分もよくわかる。

ましてドンへは、近々妃に誰を迎えるか決めるようイトゥクに言われている。

それは、恋人との別れを意味するものだ。

しかし今のドンへの動揺ぶりは、それにしてもあまりに大きすぎるような気がした。



何か、他にあるのだろうか?

何がドンへを苦しめているのか、リョウクには検討がつかなかった。




「ヒョン……何かあったの?」


しかしその言葉が耳に届いていないのかのように、ドンへはそのまま涙を流し続けている。


「ドンへ様……」


不意に、ジョンウンが声をかけた。


「お体の具合は大丈夫ですか?」


その問いに、ドンヘは無言で頷く。


「あの……もしや……侵入者に何か心当たりが?」


ビクッ、とドンヘが震えたのが抱きしめた肩からリョウクに伝わった。

その反応は、ジョンウンの問いを肯定したのと同じだった。


「ジョンウン……どういうこと?」

「いえ……あの後急に様子が変わられたので、もしやと思っただけで……」


ドンへは大きく目を見開き、怯えたようにジョンウンを見ている。


「…ヒョン……何か、知ってるの…?」

「…………リョウク……俺……」





しばらくして、ドンヘは泣きながら、少しずつ話し出した。


その内容は、リョウクとジョンウンの想像を大きく超えるものだった。










2日後。


夜が深くなったころから雨になった。


その夜、ずぶ濡れになり慟哭するドンへを抱きしめて、リョウクも涙を流した。


ドンへの手には、クロスのペンダントが握りしめられていた。







短剣を持ち、イトゥクの部屋に侵入した男が1人、捕らえられた。



男の名は、ヒョクチェ。



王宮に出入りする、庭師だった。




2019.07.23 Tue l 氷の花【完】 l コメント (2) トラックバック (0) l top



「おかえり」


その声に、こっそりと部屋に戻ってきたドンヘは心臓が止まりそうなほど驚いた。


「リョウク……」

「びっくりしたよ。寝てるはずのヒョンがいないんだもん」


ドンヘのベッドに腰掛けて、リョウクは拗ねたような口調で言った。


「ごめん……ちょっと、散歩に……」

「こんな時間に、誰にも内緒で?」

「…………」

「誰かに……会いに行ってたんでしょう?」


その柔らかな声に、ドンヘは俯いていた顔を上げた。

……どうして知って……?


「さっき、誰かに手を振ってるの、見えたから」

「そっか……」


リョウクが自分の座っている隣をぽんぽんと叩き、そこにドンヘは腰を下ろした。


「誰?……って、聞かない方がいいのかな。もしかして」

「……うん」

「そっか……大切な人、なんだね?」

「……うん」






大切な人。

この世で、ただ一人の人。

信じている。いや、信じると決めた。

それなのに、ドンヘの心は言い知れぬ不安でいっぱいだった。





もし、本当に侵入したのがヒョクチェなら……?

物取りなどではなく、リョウクを狙っているとしたら?

このまま自分が見過ごせば、どうなる……?






「ヒョン……泣いてるの?」


いつのまにか、ドンヘの瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。


「俺……どうしよう……」

「ヒョン……」

「どうしていいか……わかんない……」




泣きじゃくり始めたドンヘを守るように、リョウクはその体をそっと抱きしめた。

リョウクが辛かった時、いつもそうしていたかつてのドンヘのように。

守らなくてはいけないのは、兄である自分の方なのに。






どうするべきなのか、本当はドンヘにもわかっている。

疑いがある以上、ヒョクチェを調べるべきなのだ。

しかしそれをドンヘが口にすれば、なぜヒョクチェがドンヘのペンダントを持っているのかから話さなくてはならない。

2人の関係を隠しておくことは難しいだろう。

そして、もしヒョクチェではなかったとしても、疑いをかけたドンヘのことをヒョクチェは許すだろうか。

許したとしても、関係が知られればきっとヒョクチェはドンヘのもとを去ってしまう。






……もし、本当にヒョクチェだったら?


その結末は、考えるまでもない。





きっとこれが、盲目な恋に走ってしまった、自分の愚かさが招いた代償なのだと、ドンヘは思った。




2019.07.22 Mon l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



もうすぐ夜が明け、空が白んでくる。

微かな物音がしたような気がして、ジョンウンは目を覚ました。


ベッドから身を起こし、そっとリョウクの部屋へと向かう。

扉を開けて見えた部屋の中の様子に、ほっと息をついた。



「リョウク様……起きていらしたのですか?」

「あ……うん。もしかして五月蝿かった?」


リョウクはベッドの上に座り、本を読んでいた。


「いえ、そういうわけでは。物音がしたような気がしたので」

「ごめん……なんか、目が覚めちゃって」

「どこかお体の具合でも?」

「それは大丈夫だけど…」


何者かの侵入があったのだから、気が立って当然だとジョンウンは思った。


「……そういえば、ドンヘヒョン、具合悪いって言ってたよね。大丈夫かな?」


イトゥクのところへ事の次第を話しに行く途中、ドンヘは腹の調子が悪いと自室へ戻っていた。


「朝早いけど……散歩がてら、様子を見てきてもいい?」

「はい。ご一緒します」





2人で連れ立って部屋を出た。

リョウクの半歩後ろをジョンウンは歩く。



この方に、また危険が迫っている……

いや、そもそもこれから先、この方が危険に晒されずに生活できる日など来るのだろうか。

恐らく……それはリョウクが妃を迎えない限りないだろうとジョンウンは思った。

せめて、その日までおそばにいられたら。

その時、身を切る程の辛さが心を襲うかもしれないが、それでも自分の知らないところでリョウクが危険な目に遭うよりはずっといいような気がした。







ドンヘはまだ眠っていると部屋付きの者は言ったが、リョウクは昨日急に不調を訴えたドンヘを心配し、顔を見ていこうとジョンウンと2人で部屋に入った。



「……ヒョン……?」


ドンヘのベッドは、もぬけの殻であった。

部屋の中を探してみても、その姿は見えない。


「探しましょう。他の者にも知らせてきます」

「……待って!」


ジョンウンが部屋を出ようとした時、リョウクがそれを止めた。

リョウクは窓の外を指差している。

その指し示す先に、ドンヘの姿があった。


「よかった……」

「……ですが、なぜ外に?」


ドンヘは庭木の陰に隠れるようにしながらこちらに戻ってくる。

そして、王宮の建物の少し手前で足を止め、振り返った。


「…誰か、いるの……?」


ドンヘは、小さく手を振った。

その横顔は、今まで見たことがないものだった。

リョウクに向ける優しい兄の顔でも、ジョンウンや他の王宮に仕える者達に向ける友人のような顔でもない。

その視線の先に、ドンヘの愛しい者がいるのだと一目でわかるほど、真っ直ぐで熱い眼差し。


しかし、その視線の先はリョウクやジョンウンのいるこのドンヘの部屋からは死角になっていて見えなかった。



「リョウク様……」

「うん……」

「戻ってこられます」

「うん……」



リョウクは、ドンヘのベッドに腰を下ろした。


どこか不安気なその表情を、ジョンウンは窓際から見守っていた。




2019.07.21 Sun l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



ドンヘは大きく動揺していた。


リョウクに言い訳をして自室に戻り、1人になる。

袂にしまった物を取り出し、手のひらに乗せて確かめた。



「……どうして……?」



クロスのペンダント。


何日か前の誕生日の夜、ヒョクチェの首にかけたはずのあのペンダントが、今、ドンヘの手のひらにあった。



いや、もしかしたら同じ形なだけでヒョクチェにあげたものとは別の物かもしれない。

そんな偶然はそうそうないだろうけれど、ヒョクチェが持っているはずの物がリョウクの部屋に落ちていることの不自然さに比べたら。



ドンヘは必死に、頭の中に浮かんでくるある可能性を打ち消そうとした。

それを疑うことは、これまでドンヘが見てきたヒョクチェを全て否定することと同じに思えた。



ヒョクチェに会わないと……



顔を見ればきっとわかるはずだ、とドンヘは思った。

これまでヒョクチェの気持ちを疑ったことなどない。

疑うまでもなく、ドンヘに注がれる視線はいつも優しく、暖かく、そして時には熱すぎるほどだったのだから。

顔を見て、声を聞いて、抱きしめられれば、きっと。






護衛の者の目を盗み、ドンヘは部屋を抜け出した。

いつも以上に鼓動が五月蝿いのは、きっと雨の降らない夜にヒョクチェのもとへ向かうのが初めてだからだ。

走る自分の足音がやけに響いて聞こえる。

もしかしたら誰かに聞こえてしまうかもしれないけれど、それでも、どうしても今、ドンヘはヒョクチェに会いたかった。






ドンドンと小屋のドアを叩く。


「誰?」


閉まったままのドアの向こうから、訝しげなヒョクチェの声が聞こえた。


「俺……」


次の瞬間、勢いよくドアが開いた。


「……なんで……? だって雨……」

「ごめん……どうしても、会いたくなって…」


辺りに誰もいないことを確認して、ヒョクチェはドンヘを小屋に引き入れた。


「どうしたんだよ、急に…」

「うん……」

「ドンヘ……?」

「……これ……」


意を決して、ドンヘはペンダントをヒョクチェに見せた。


「これ……どこにあった?」

「え……?」

「俺……今日仕事中に落としちゃったみたいで……」


そう話すヒョクチェの表情は硬い。

けれどもそれがペンダントを落としたことがばれてしまったからなのか、それとも違う理由からなのか、ドンヘにはわからなかった。


「……来る途中で見つけたんだ」

「途中?」

「うん……」

「……ごめん」


俯いたヒョクチェの髪をそっと撫でる。

掌から伝わる感触に、ただ愛しさだけが募った。


「……また……持っててくれる?」


ドンヘは再びペンダントをヒョクチェの首にかけた。


「これは…俺だから。だから離さないで…」

「ドンヘ……」

「ヒョク……愛してるよ」

「……うん……」

「愛してる……」





強く抱きしめてくる腕を、熱く触れてくる掌を、真っ直ぐに見つめてくる瞳を、ドンへは信じた。


きっと、ヒョクチェが落としたペンダントを拾った誰かが、リョウクの部屋に侵入したのだ。




「……っ……ひょく……」


与えられる熱に浮かされながら、ドンヘはただ愛しい男にしがみつき、何度もその名を呼んだ。


これまでのどの夜より熱い、ヒョクチェの瞳に見つめられながら。



2019.07.19 Fri l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top



すぐに、侵入者がどこかに潜んではいないか、リョウクの部屋を中心に王宮内の調べが行われた。

しかし、誰かが侵入した形跡はあるものの、特に無くなっている物も無く、また怪しい物が増えていたりすることもない。

わかったのはただ、誰かが窓からリョウクの部屋に侵入した、ということだけだった。





「もしかして、他にも間者が?」


ドンヘに支えられて立ち、不安げに揺れるリョウクの瞳に、否定する言葉をジョンウンは見つけられない。


「大尉関係の者はもう、いないはずだけど…」

「ドンヘヒョン……それじゃあ別の、ってこと?」

「とにかく、イトゥクヒョンが戻ったら一緒に話をしよう?」

「うん……」


2人の声を聞きながら、ジョンウンは再度窓の戸締まりを確認していた。


その時、床まで届くカーテンの下に、微かに光る物があった。


「ジョンウン、どうかした?」


そばに来たリョウクに、拾いあげたそれを差し出す。


「あぁ。貸して」


リョウクはそれをドンヘへと手渡した。

どうやらドンヘが落とした物らしい。


「陛下がお戻りです」


イトゥクの護衛の1人がそう知らせに来て、イトゥクのもとへと向かう。



「リョウク、ごめん……俺、ちょっと部屋に戻る……」


途中で突然ドンヘが言った。


「どうかしたの?」

「うん……なんか腹の調子悪い。ごめん」


確かに、ドンヘの顔色はいつもよりも悪いようだった。






既にイトゥクは難しい顔をして自室で待っていた。


「大尉が嘘をついていなければ、別の者、ということになるね」

「狙いは、また僕…?」

「今のところ他に間者がいるという情報はないけれど……ジョンウン、どう思う?」

「そうですね……間者の可能性もありますが、リョウク様が部屋におられない時に侵入しています。それに、何かを探したような形跡がありますから、間者というよりは泥棒の行動かと」

「それもそうだね……」


イトゥクはしばし考え込み、やがて再び口を開いた。


「いずれにせよ、他の間者がリョウクを狙っている可能性を捨てきれない以上、警戒を緩めるわけにはいかないね」

「はい」

「ジョンウン、引き続き護衛を頼める?」

「もちろんです」

「リョウクもいいね?」

「はい」





2人の視線が絡まった。


リョウクの瞳には、再び訪れた不安と共に安堵の色があるようにジョンウンには見えた。

自らの存在がリョウクの安心につながるのだということが、今のジョンウンには嬉しかった。

それは信頼の証に他ならない。

それに何より、この不安の中にリョウクを1人置いてそばを離れることなど、ジョンウンには考えられなかった。



ジョンウンにとって、リョウクはもうただの警護対象ではない。


唯一、仕事などではなく守りたいと思える相手なのだから。



2019.07.18 Thu l 氷の花【完】 l コメント (0) トラックバック (0) l top